2020年11月16日

No.185  サッカーボールの形と構造の変化

ちょっと真面目チョット皮肉No. 185

石山祐二*

サッカーというと黒い斑点のある白い球が転がっている様子を思い浮かべる人が多いであろう。このボールは 1960 年頃から用いられており、20 枚の六角形と 12 枚の五角形の牛革を縫い合わせ、内部に入れた牛の膀胱を空気で膨らませたものであった。

六角形と五角形の組合せとなっている理由を考えてみよう。等しい正多角形で構成される多面体で頂点が同一球面上にあるものを「正多面体(せいためんたい)」という。これには

(1) 正三角形 4 面で構成される正四面体
(2) 正方形 6面の(サイコロのような)正六面体
(3) 正三角形 8 面の(ピラミッドを上下に重ねたような)正八面体
(4) 正五角形 12 面の正十二面体
(5) 正三角形 20 面の正二十面体

の5 種がある(この他に正多面体はない)。

この正二十面体には 5 つの正三角形が集まる頂点が 12 ある。この頂点を切り取ると切断面は五角形となり、頂点すべてを切り取ると三角形であった部分は六角形となる。これらがちょうど正五角形、正六角形となるようにし、(ボールの転がる様子が分かり易いように)正五角形の部分を黒くしたものがサッカーボールの基となる(図 1)。二十面体の頂部を切り取ったので、これを「切頂(せっちょう)二十面体」というが、正六角形 20 と正五角形 12 なので 32 の面がある。

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図1 サッカーボールの基となる切頂二十面体
(ネットで検索するとこの展開図が得られる。)

空気圧で膨らませ球体となったボールの表面には、ほぼ均等に縫い目が分布する。このためボールの転がりがよく、蹴ったボールに適切な回転を与え、転がりや空中の軌道をコントロールすることもできる。

ワールドカップ(W杯)では 1970 年からこのボールが採用された(それ以前は 18 枚の細長い牛革を縫い合わせたボールが用いられていた)。なお、1986 年のW杯から牛革は合成皮革となった。

サッカーボールの規定では a) 球形、b) 皮革または適切な材質、c) 外周 68~70cm、d) 重さは試合開始時に 410~450g、e) 空気圧は 0.6~1.1 気圧と決められている。重さが試合開始時で決められているのは、牛革のボールは(特に雨天では)試合中に水を吸収し重くなるからである。合成皮革は水を吸収しないので、いずれボールの重さに「試合開始時」という条件は不要になるかも知れない。

合成皮革を用いるとボールを平面から作る必要もなくなり、縫い合わせる代わりに接着剤を用いることもでき、スポーツ用品メーカーは次々と新しいボールを開発している。2006 年W 杯では 8 枚のプロペラ型の面と 6 枚のローター型の面を組み合わせたボールが用いられた(図 2)。このボールはより真球に近く、無回転ボールも蹴りやすいようである。その後も開発が進められ W 杯のたびに新しいボールが用いられているが、いずれもかなり高額となるため、今でも六角形と五角形を組合せたボールが多く用いられている。

図2  2006 年W杯サッカーボールの表皮

(a を表裏交互に8 枚つなぐと球状になり、残った隙間を6 枚
のb でふさぐ。この図はそれほど正確ではない。)

合成皮革を用いると、縫い目のような溝がまったくないスムーズな表面のボールも作ることができるはずである。しかし、完全な球体では転がりや軌道の予測が難しく、選手にとっては扱い難いに違いない。このようなことを考えると今後も比較的安価な六角形と五角形を組合せたボールが用いられるだろうが、いずれ溝の形状などの規定も必要となるのではないかと思っている。


* いしやまゆうじ北海道大学名誉教授
(一社)建築研究振興協会発行「建築の研究」2020.10 原稿

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