ちょっと真面目チョット皮肉 No. 199
石山祐二*
19 世紀後半から始まった地震学・地震工学の研究は 20 世紀に大きく発展した。しかし、21 世紀になっても地震による被害が頻繁に発生している。この原因について考えてみよう。
地震により地面が揺れることによって構造物には慣性力としての地震力が生じる。地震動の揺れはどの方向にも生じるが、構造物に被害を生じさせるのは主に水平方向の揺れである。構造物には常に自重 W(図 1 の下向きの矢印 W)が下向きに作用しており、それに対して構造物を安全に造るのは当然で、昔からそのように構造物を(経験的に)造ってきた。しかし、通常は作用していない水平力は、地震や台風などの時にのみに生じ、それに対して構造物は安全でないことが多く、このため被害が生じる。
構造物に生じる加速度が重力加速度の k 倍とすると、水平力は kW となる。日本ではこの k の値を関東大震災の翌 1924 年に市街地建築物法改正で 0.1 と決めた(図 1 の右向きの矢印 kW)。この値は 1945 年の建築基準法では 0.2 となった(これは構造材料の許容応力度を従来の 2 倍としたためで、地震に対する安全性を高める改正ではなかった)。更に、1981 年に導入された新耐震設計法では、極稀(ごくまれ)に起こる大地震動を考慮し 1.0 と大きな値となった(図 1 の右向きの点線の矢印 1.0W)。これでも最大ではなく、2.0 を越えることも近年記録されている。
このように設計に用いる地震力が大きくなってきた原因は 2 つある。すなわち、(1) 構造物に生ずる加速度は構造物が振動することで増幅し、短周期(低層)構造物では地面の 3 倍程度は大きくなる。(2) 地震観測網が整備(各地に地震計が設置)され、大地震動が多くの場所で記録されるようになり、その大きさは以前考えていたよりもっと大きいことが分かってきた。
このように、考えていたよりも大きな地震力が構造物に作用することが分かってきたが、実はそれに対して構造物が壊れないように造ってはいない。大地震が起こった際には構造物はかなり壊れても、何とか人命だけは守るという考え(願望)が、世界のどの耐震規定にも取り入れられている。すなわち、大地震による地震力を構造物の粘り(靭性(じんせい))という曖昧とも思える性質に期待し、大幅に低減しているのである。
このような考え方に賛同できるとしても、靭性というものに頼り「地震力をどの位低減している」と皆さんは思います? 1~2 割減でしょうか、それとも 1/2~1/3 でしょうか?
この低減は各国の耐震規定で大きく異なり、(靱性の最も大きな構造について)米国では 1/8、ユーロコードでは 1/6、日本でも 1/4 に低減しているのである。
もちろんこれを実現させる方策も考えられていて、例えば鉄筋コンクリート構造の場合、柱や梁に材軸方向の主筋(縦筋)とそれに直交するせん断補強筋(横筋)を多く入れている。時には、過剰と思えるほど鉄筋を多く入れ、コンクリートが隅々まで充填(じゅうてん)されないなどの欠陥が生じることもある。それでも大被害が生じ、その度に耐震規定の改正が行われているが、思うようには地震被害は小さくなっていないのが実状である。
個人的には靭性に頼り過ぎるのではなく、せいぜい日本の規定程度(靱性による低減を 1/4 程度)にすれば、被害を大幅に小さくすることができると思っている。靭性が重要であることには間違いないが、強度を高める方が確実に耐震性が向上し、人命を守り地震後の復旧も容易になると思っている。
* いしやまゆうじ北海道大学名誉教授
(一社)建築研究振興協会発行「建築の研究」2024.4 原稿