ちょっと真面目チョット皮肉 157
石山祐二 *
JR 北海道の函館本線の 余市(よいち)駅から(リタ・ロードと呼ばれる)駅前通りを歩いて行くと 5 分程で、ニッカウイスキー余市蒸留所に着く。ここは、 竹鶴 政孝(たけつるまさたか)( 1894 ~ 1979 )が 1918 年から 2 年間スコットランドでウイスキーの製造を学んできた後に、日本のウイスキー造りの理想郷として選んだ所である。 NHK の連続ドラマ「マッサン」で有名となったので説明は不要かも知れないが、政孝がマッサンでスコットランド人伴侶の愛称がリタである。
政孝は 1934 年にウイスキー造りをここで開始し、念願のウイスキー第 1 号は 1940 年にできあがった。この間にリンゴジュースの製造などを手掛けたため、設立当初の社名は「大日本果汁株式会社」であった。この「日」と「果」がニッカという名前の由来である。
写真 1 余市蒸留所の正門
登録有形文化財に認定されている 1942 年に建設された蒸留所の正門は、ほぼ左右対称(写真 1)である。アーチ型の正門をくぐると目の前に麦芽を乾燥させるキルン棟(写真 2 )があり、それに連なってウイスキーの製造工程に従い、組積造の建物が機能的に並んでいる。赤く塗られた三角屋根と灰褐色の壁のあざやかな対比は、構内の樹木と調和して美しく、(私自身は見たことはないが)スコットランドの施設に似ているのではと想像させられる。建物の構造は木骨石造で、壁は組積造、2 階の床組と小屋組は木造である。組積造の壁は支笏湖のカルデラができた約 3 万 5 千年前の噴火で火砕流が固まってできた札幌軟石である。
写真 2 正門をくぐると見えるキルン棟
約 16ha の敷地内には、ウイスキー製造のための施設の他に、博物館、旧竹鶴邸、直売店、試飲ができる会館など 50 棟以上の建物があり、年末年始を除いて年中無休である。試飲会場には、無料のウイスキー、その他にアルコールを飲めない人やドライバーにはリンゴジュースなどが用意されている。博物館の中のパブでは、有料ではあるが有名な国際団体から賞を受けたウイスキーなども味わうことができる。
製造施設の中の一つがポットスチル(写真 3)である。これは銅製の巨大な(化学実験に用いる)フラスコのようなもので、大麦の麦汁に酵母を加えてできた発酵液を加熱し、気体となった香味とアルコールを蒸留し、これを 2回繰り返すと透明な原酒となる。この原酒をオーク材の樽の中に入れて、待つこと数年、ようやく熟成した 琥珀こはく色のモルトウイスキーができる。この間に樽の中の原酒は約半分に減ってしまい、これをエンジェル(天使)への分け前といっている。
最後に、写真 3 のポットスチルにはしめ縄が張られている。最初は、スコットランド発祥のウイスキーなのに、何故しめ縄があるのかと不思議に思ったが、政孝の生家は広島の造り酒屋で、その慣習を当初から引き継いでるとの説明を聞き、納得した次第であった。
写真 3 しめ縄が張ってあるポットスチル」
* いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(社団法人)建築研究振興協会発行「建築の研究」2014.12 掲載