2014年3月5日

No.152 地震工学に用いる各種スペクトル(その 4): 要求スペクトルと耐力スペクトル

ちょっと真面目チョット皮肉 152

石山祐二 *

建物の地震被害は地盤の硬軟に大きく影響され、例えば軟弱地盤では通常の地盤より地震被害は一般に大きくなる。このため、地表面ではなく、表層地盤の下にある工学的基盤の地震動を想定し、それに建設地の表層地盤の影響を考慮するのが限界耐力計算の特徴の一つである。この工学的基盤の地震動を表す応答スペクトルを説明しているのが図1 で、その基本となっているのが図中の新耐震層せん断力係数(第2 種地盤)である。

cyot152_img_0
図 1  限界耐力計算の応答スペクトル

振動特性係数 Rt に標準せん断力係数 C0 を乗じたも のは(応答スペクトルに似ているが)多層建物の1 階の層せん断力係数を表しており、これを短周期では 1.23 倍、長周期では 1.1 倍して図中の換算応答スペクトル(第 2 種地盤)を求めている。これを更に工学的基盤の応答スペクトルとするため、短周期では 1/1.5 倍、長周期では 1/2 倍したのが図中の限界耐力計算応答スペクトル(工学的基盤)である。

この図を見た時に、加速度が支配的な短周期では 1.5、速度が支配的な長周期では 2 を(地震観測から経験的に得られたであろう)平均地盤増幅率と設定したとの説明はある程度納得できた。

しかし、換算応答スペクトルを求める際に1.23 倍、1.1 倍としている理由が分からず、当時建築研究所にいたM 氏に尋ねたところ、私の論文(参考文献)からの引用であると聞いて驚くと同時に自分で書いたことを忘れていたことに赤面した。私が忘れていた理由(言い訳)の前に、参考文献について簡単に説明しよう。

cyot152_img_1
図 2  多自由度系の振動モード(刺激関数)

地震動を受けると(多自由度系の)建物は、例えば図2 に示すような振動モードが重なって振動する。この際、2 次以上の高次モードによる各層の地震力は左右から作用するので、1 階に伝わる地震力はほんの少しである。このため、1 次モードが1 階の地震層せん断力(ベースシヤ)の大部分を占めることになる。高次モードのベースシヤへの影響を解析したのが参考文献で、多自由度系のベースシヤは1 自由度系に対して、(加速度応答一定の場合)0.816 倍、(速度応答一定の場合)0.900 倍となることを示し、(ピロティ建物のように)1 次モードのみが卓越する建物の場合は、設計用のベースシヤをその逆数倍(1.23 倍、1.1 倍)大きくする必要があると書いた。

このような内容を自分で書いたのに、すぐに思い出すことができなかった理由は自分でも定かではないが、(年令による物忘れのせいではなく)かなり前に書いたわずか2 頁の日本建築学会大会の梗概であったからであろう(と自分では思っている)。企画調査課長であった当時の私には研究に費やす時間はほとんどなく、以前から気になっていたことをちょっと計算してみただけ の梗概で、これが将来引用されるとは全く思っていなかった。更に、新耐震の C0 = 1.0 は四捨五入して1 になる程度の精度で決めたものであり、それを3 桁の精度で1.23 倍することなど全く想像していなかったからである。今では、たかだか1 桁の精度で決めたものでも、法令になると1 は1.000 となることを痛感している次第である。

(参考文献)石山祐二「応答スペクトル法によるベースシア係数について」


* いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(社団法人)建築研究振興協会発行「建築の研究」2014.2 掲載

連載「ちょっと真面目チョット皮肉」(北海道大学名誉教授 石山 祐二) No.134 花嫁人形と蕗谷虹児 No.135 清潔で安全なシンガポール No.136 広瀬隆著「東京に原発を!」を読み直して No.137 最近の建物の耐震設計に対する懸念 No.138 日本最北のヴォーリズ建築「ピアソン記念館」 No.128 「赤れんが庁舎」を美しく後世に残そう! No.139 建築と食卓の「bと d」 No.140  津波対策にも New Elm工法! No.142  津波に対する構造方法等を定めた国交省告示 No.141 建物の基礎と杭の接合は過剰設計! No.143 国際地震工学研修50 周年 No.144 ペルー国立工科大学・地震防災センター創立 25 周年 No.27 着氷現象と構造物への影響 No.145 リスボンは石畳の美しい街、しかし・・・ No.146 トンネル天井落下事故の原因 No.147 積雪による大スパン構造物崩壊の原因と対策 No.148 生誕100 年彫刻家佐藤忠良展 No.149 地震工学に用いる各種スペクトル (その1)  :応答スペクトル No.150 地震工学に用いる各種スペクトル(その 2) :  トリパータイト応答スペクトルと擬似応答スペクトル No.151 地震工学に用いる各種スペクトル(その 3)  :要求スペクトルと耐力スペクトル No.152 地震工学に用いる各種スペクトル(その 4): 要求スペクトルと耐力スペクトル No.153 中谷宇吉郎著「科学の方法」:氷の結晶のV字型変形 No.154 新渡戸稲造と武士道 No.155 これからのフラットスラブ構造 No.156 塩狩峠記念館 三浦綾子旧宅 No.157 ニッカウヰスキー余市蒸留所 No.158 三つの人魚像 No.159 ラオスと建築基準 No.160 北海道博物館2015 年4 月開館 No.161  30年振りのプリンス・エドワード島 No.162 道路標識と交通信号機 No.163 童謡「赤い靴」の女の子 No.164 地すべりと雪の上の足跡 No.165 建築物のダイヤフラム、コード、コレクターと構造健全性 No.166 地震による 1 階の崩壊と剛性率・形状係数  No.167  北海道新幹線と青函トンネル No.168 米国の建築基準と耐震規定の特徴 No.169 北海道三大秘湖の一つ「オンネトー湖」は五色湖 No.170 世界遺産シドニー・オペラハウス No.171 シドニー・オペラハウスの構造 No.172 北海道の名称と地名 No.173 鳩を飼わない「ハト小屋」 No.174 ロンドン高層住宅の火災の原因は改修工事!? No.175 断熱性能を示す Q 値、U A 値とその単位 No.176 幻の橋タウシュベツ川橋梁 No.177 広瀬隆著「原発時限爆弾」を読んで! No.178 2018 年北海道胆振東部地震とその被害 No.179 地震にも津波にも強いブロック造の現状と将来 No.180  ISO の地震荷重と日本・EU・米国との比較 No.181  日本・ペルー地震防災センターの国際シンポジウムに参加して No.182  フィリピンは破れ・日本は芋?! No.183  ブレーメンの音楽隊とサッカー No.184 時間の単位は「秒,分,時,日,月,年」,その次は? No.185  サッカーボールの形と構造の変化 No.186  円周率を最初に計算したのは? No.187  JIS A 3306 となった ISO 3010「構造物への地震作用」 No.188  建物の整形・不整形を表す剛性率 No.189 水道水が美味しいのはどこ? No.190 設計用地震力の分布を表す Ai の導き方 No.191 美味しかった食べ物とギリシャ文字 No.192 構造物のロバスト性 No.193 ラーメンvsトラスと2つの鉄塔 No.194 久しぶりの海外でコロナ感染! No.195 長さの単位と建築のモデュール No.196 関東大震災100年「大地震とその後の対策」 No. 197 北海道の「挽歌」と「石狩挽歌」 No.198 トルコ共和国建国100年と地震被害 各種ダウンロード リンク
一般社団法人 北海道建築技術協会
〒060-0042
札幌市中央区大通西5丁目11
大五ビル2階
アクセス
TEL (011)251-2794
FAX (011)251-2800
▲ ページのトップへ