2018年7月23日

No.176 幻の橋タウシュベツ川橋梁

ちょっと真面目チョット皮肉 176  幻の橋タウシュベツ川橋梁

石山祐二*

北海道 十勝(とかち)管内 上士幌(かみしほろ)町にある旧国鉄 士幌(しほろ)線のタウシュベツ川 橋梁(きょうりょう)は、冬から春はダムの水位が下がり見ることができるが、夏から秋は水位が上がり水没し、見ることができない。このため「 幻(まぼろしの)橋」ともいわれている。

1937(昭 12)年に完成した全長 130m の美しい 11 連のアーチ橋(写真 a)の姿は、ダムの水位や季節の移り変わりによって変化するため、橋として用いられなくなって 60年以上経過した現在でも訪れる人が多い。橋は毎年繰り返される水没と凍結などによって劣化が進行し、 2003(平 15)年の十勝沖地震で一部が崩れ、さらに 2017(平 29)年には地震があった訳でもないのに(水位が下がった春先に)大きな崩れが見つかった(写真 b)。このため、つながった 11 連のアーチを見ることができるのは、ここ 1~2 年といわれている。

a)全長 130mのコンクリート製 11 連アーチ橋

 

b)頂部の影の凹みはアーチの崩れている部分

写真 タウシュベツ川橋梁(2018年 5 月撮影)

1925(大 14)年に帯広・士幌間( 30.1km)が開通した士幌線は徐々に延伸し、終点の十勝 三股(みつまた)まで( 78.3km)が 1939(昭 14)年に全線開通した。 1955(昭 30)年に完成した 糠平(ぬかびら)ダムによって、タウシュベツ川橋梁を含む士幌線の一部が水没することになり、ダム湖として生まれた糠平湖の対岸に新線が建設された。

主に農産物や森林資源搬出のために用いられていた士幌線は、森林資源の枯渇と国道の開通により、 1978(昭 53)年に糠平・十勝三股間がバス代行となり、これが国鉄初のバス代行であった。利用客が回復する場合は、運行を再開する建前で、その区間の鉄道施設は撤去されなかった。その後、さらに利用客が減少し、 1987(昭 62)年には士幌線すべてが廃線となり、帯広・糠平間の鉄道施設は撤去された。しかし、糠平・十勝三股間の放置されていた施設は、多数の劣化したアーチ橋や生い茂った樹木のため大部分は撤去されなかった。結果的に、最初にバス代行となった区間は鉄道施設が残り、その後の「廃線 巡(めぐ)り」の草分け的な存在となったのである。

タウシュベツ川橋梁を見るには (1)国道近くの展望台、 (2)有料ツアー、 (3)林道に入る許可を得て自家用車で行く方法がある。この中の (2)は、小型バスで近くまで行き(後は徒歩で)橋に触れることもでき、ぬかるみを歩くための長靴が用意されているので、お勧めである。有料ツアーを運営している NPO「ひがし大雪自然ガイドセンター」は 1919(明 44)年に湯治場として始まった「ぬかびら温泉郷」にある。なお、「タウシュベツ」とはアイヌ語の「 樺(かば)の木が多い川」の意味で、タウシュベツ川は十勝川に合流する 音更(おとふけ)川の支流で、音更川に電力用ダムを造ってできたのが糠平湖である。

最初に「旧国鉄士幌線のタウシュベツ川橋梁」と書いたが、この「旧」には 3つの意味があると解釈できる。1 つ目は JRに民営分社化された「旧国鉄」の旧、 2 つ目は全線が廃線となった「旧士幌線」の旧、 3 つ目は水没したタウシュベツ川橋梁を含む「旧線」の旧である。「幻の橋」を訪れる人は、年々老朽していく 11 連アーチに人間の一生に似た運命と 3 つの旧を暗に感じ、時代の推移に思いを 馳(はせる)に違いない。

 


*いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(一社)建築研究振興協会発行「建築の研究」2018.7 原稿

連載「ちょっと真面目チョット皮肉」(北海道大学名誉教授 石山 祐二) No.134 花嫁人形と蕗谷虹児 No.135 清潔で安全なシンガポール No.136 広瀬隆著「東京に原発を!」を読み直して No.137 最近の建物の耐震設計に対する懸念 No.138 日本最北のヴォーリズ建築「ピアソン記念館」 No.128 「赤れんが庁舎」を美しく後世に残そう! No.139 建築と食卓の「bと d」 No.140  津波対策にも New Elm工法! No.142  津波に対する構造方法等を定めた国交省告示 No.141 建物の基礎と杭の接合は過剰設計! No.143 国際地震工学研修50 周年 No.144 ペルー国立工科大学・地震防災センター創立 25 周年 No.27 着氷現象と構造物への影響 No.145 リスボンは石畳の美しい街、しかし・・・ No.146 トンネル天井落下事故の原因 No.147 積雪による大スパン構造物崩壊の原因と対策 No.148 生誕100 年彫刻家佐藤忠良展 No.149 地震工学に用いる各種スペクトル (その1)  :応答スペクトル No.150 地震工学に用いる各種スペクトル(その 2) :  トリパータイト応答スペクトルと擬似応答スペクトル No.151 地震工学に用いる各種スペクトル(その 3)  :要求スペクトルと耐力スペクトル No.152 地震工学に用いる各種スペクトル(その 4): 要求スペクトルと耐力スペクトル No.153 中谷宇吉郎著「科学の方法」:氷の結晶のV字型変形 No.154 新渡戸稲造と武士道 No.155 これからのフラットスラブ構造 No.156 塩狩峠記念館 三浦綾子旧宅 No.157 ニッカウヰスキー余市蒸留所 No.158 三つの人魚像 No.159 ラオスと建築基準 No.160 北海道博物館2015 年4 月開館 No.161  30年振りのプリンス・エドワード島 No.162 道路標識と交通信号機 No.163 童謡「赤い靴」の女の子 No.164 地すべりと雪の上の足跡 No.165 建築物のダイヤフラム、コード、コレクターと構造健全性 No.166 地震による 1 階の崩壊と剛性率・形状係数  No.167  北海道新幹線と青函トンネル No.168 米国の建築基準と耐震規定の特徴 No.169 北海道三大秘湖の一つ「オンネトー湖」は五色湖 No.170 世界遺産シドニー・オペラハウス No.171 シドニー・オペラハウスの構造 No.172 北海道の名称と地名 No.173 鳩を飼わない「ハト小屋」 No.174 ロンドン高層住宅の火災の原因は改修工事!? No.175 断熱性能を示す Q 値、U A 値とその単位 No.176 幻の橋タウシュベツ川橋梁 No.177 広瀬隆著「原発時限爆弾」を読んで! No.178 2018 年北海道胆振東部地震とその被害 No.179 地震にも津波にも強いブロック造の現状と将来 No.180  ISO の地震荷重と日本・EU・米国との比較 No.181  日本・ペルー地震防災センターの国際シンポジウムに参加して No.182  フィリピンは破れ・日本は芋?! No.183  ブレーメンの音楽隊とサッカー No.184 時間の単位は「秒,分,時,日,月,年」,その次は? No.185  サッカーボールの形と構造の変化 No.186  円周率を最初に計算したのは? No.187  JIS A 3306 となった ISO 3010「構造物への地震作用」 No.188  建物の整形・不整形を表す剛性率 No.189 水道水が美味しいのはどこ? No.190 設計用地震力の分布を表す Ai の導き方 No.191 美味しかった食べ物とギリシャ文字 No.192 構造物のロバスト性 No.193 ラーメンvsトラスと2つの鉄塔 No.194 久しぶりの海外でコロナ感染! No.195 長さの単位と建築のモデュール No.196 関東大震災100年「大地震とその後の対策」 No. 197 北海道の「挽歌」と「石狩挽歌」 No.198 トルコ共和国建国100年と地震被害 各種ダウンロード リンク
一般社団法人 北海道建築技術協会
〒060-0042
札幌市中央区大通西5丁目11
大五ビル2階
アクセス
TEL (011)251-2794
FAX (011)251-2800
▲ ページのトップへ