2012年5月2日

No.141 建物の基礎と杭の接合は過剰設計!

ちょっと真面目チョット皮肉 141

石山祐二 *

最近の建物では、基礎と杭の接合が強化されるようになってきた。しかし、この接合は過剰であると思うので、その点について話してみたい。

建物の耐震設計では、図 1 a)のように地震力に相当する静的な水平力を考えるが、実際には地震力は動的に作用する。すなわち、地震時の建物の振動は多くのモードが重なるので、地震力は大きさも方向も時々刻々変動する。それを設計のために簡略化したのが図 1 a)の設計用地震力である。個々のモードによる地震力は 1次モードでは図 1 b)のように建物の上から下まで同じ向きに作用する(その大きさは時間的に変動し地震力が逆向きに作用することもある)が、高次モードでは例えば図 1 c)の 2次モードのように地震力が上から下まで同じ向きに作用することはない。

cyot141_img_0a ) 設計用地震力        b ) 1次モード        c ) 2次モード
図 1 設計用地震力と振動モードによる地震力

建物の典型的な地震被害として 1階の層崩壊がある。これは、地震力が最上階から下階に順次伝達され、(最終的には地盤に伝達されるが) 1階に作用する「地震層せん断力」(ベースシャー)が 1階の「保有水平耐力」を上回ってしまった結果である。このように建物の地震被害に最も大きく影響するのが地震層せん断力で、耐震設計においては、各層に作用する地震層せん断力の最大値を求め、それに対して設計するのが基本である。

建物に作用する地震力は、すべてのモードが重なって生じるが、高次モードの地震力は(大きさや向きが変動しても)、図 1 c) のように常に左右両方から作用するので、地震層せん断力に影響する割合は低く、最も大きく影響するのは 1次モードである。例えば、 1 階の地震層せん断力の高次モードの割合は 1~2 割程度である。更に、建物基礎の浮き上がりに直接影響する転倒モーメントを考えると、 1次モードによる図 1 b ) の M1 に比べて図 1 c ) の M2 はほとんど 0で、高次モードの転倒モーメントへの影響は無視できる。

さて、耐震設計に用いる AI 分布は各層に生じる地震層せん断力を計算するためのものである。よって、 AI 分布を用いた地震層せん断力から求めた地震力によって基礎に生ずる引張力や圧縮力を計算した場合には、高次モードの影響を取り除く必要がある。 更に、基礎が浮き上がっても建物が転倒することはないので(これについては別の機会に説明したい)、地震時に基礎の浮き上がりを許容した方が建物の崩壊につながる地震入力は小さくなり、また基礎が地盤や杭の上で滑っても、それによって建物への地震入力が低減されることになる。

以上のようなことから、基礎と杭の接合は、過剰であるばかりでなく、不要であり、場合によっては危険側に作用することもあると考えられる。

耐震計算ルート 3において、保有水平耐力の計算が必要なのは地上部分のみで、地下部分では必要がない。これは、大地震動時に建物の浮上がりや滑動を許容しているからであると考えることができる。

最近は保有水平耐力を求める際に、地上部分と地下部分を一体にモデル化し、便宜上 AI 分布による水平力を用いた増分解析を行う場合が多くなっている。もちろんこのこと自体は誤りではないが、基礎の浮き上がりに直接影響する転倒モーメンから高次モードの影響が減じられていないし、法令上は地下部分に保有水平耐力の考え方を拡大する必要はない。

耐震偽装事件以降の構造規定の改正により、建物の構造性能が向上することよりも、計算上の偽装がし難いように計算方法を定めてしまったように思える。構造技術者は、よい構造になるのであれば労力も時間も惜しまないであろうが、よい構造とはならないのであれば単に規定を満足する設計を行ってしまうであろう。構造技術者の創意工夫によって、よりよい建物ができるような規定へと改正されることを期待している。


* いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(社団法人)建築研究振興協会発行「建築の研究」2012.4掲載

連載「ちょっと真面目チョット皮肉」(北海道大学名誉教授 石山 祐二) No.134 花嫁人形と蕗谷虹児 No.135 清潔で安全なシンガポール No.136 広瀬隆著「東京に原発を!」を読み直して No.137 最近の建物の耐震設計に対する懸念 No.138 日本最北のヴォーリズ建築「ピアソン記念館」 No.128 「赤れんが庁舎」を美しく後世に残そう! No.139 建築と食卓の「bと d」 No.140  津波対策にも New Elm工法! No.142  津波に対する構造方法等を定めた国交省告示 No.141 建物の基礎と杭の接合は過剰設計! No.143 国際地震工学研修50 周年 No.144 ペルー国立工科大学・地震防災センター創立 25 周年 No.27 着氷現象と構造物への影響 No.145 リスボンは石畳の美しい街、しかし・・・ No.146 トンネル天井落下事故の原因 No.147 積雪による大スパン構造物崩壊の原因と対策 No.148 生誕100 年彫刻家佐藤忠良展 No.149 地震工学に用いる各種スペクトル (その1)  :応答スペクトル No.150 地震工学に用いる各種スペクトル(その 2) :  トリパータイト応答スペクトルと擬似応答スペクトル No.151 地震工学に用いる各種スペクトル(その 3)  :要求スペクトルと耐力スペクトル No.152 地震工学に用いる各種スペクトル(その 4): 要求スペクトルと耐力スペクトル No.153 中谷宇吉郎著「科学の方法」:氷の結晶のV字型変形 No.154 新渡戸稲造と武士道 No.155 これからのフラットスラブ構造 No.156 塩狩峠記念館 三浦綾子旧宅 No.157 ニッカウヰスキー余市蒸留所 No.158 三つの人魚像 No.159 ラオスと建築基準 No.160 北海道博物館2015 年4 月開館 No.161  30年振りのプリンス・エドワード島 No.162 道路標識と交通信号機 No.163 童謡「赤い靴」の女の子 No.164 地すべりと雪の上の足跡 No.165 建築物のダイヤフラム、コード、コレクターと構造健全性 No.166 地震による 1 階の崩壊と剛性率・形状係数  No.167  北海道新幹線と青函トンネル No.168 米国の建築基準と耐震規定の特徴 No.169 北海道三大秘湖の一つ「オンネトー湖」は五色湖 No.170 世界遺産シドニー・オペラハウス No.171 シドニー・オペラハウスの構造 No.172 北海道の名称と地名 No.173 鳩を飼わない「ハト小屋」 No.174 ロンドン高層住宅の火災の原因は改修工事!? No.175 断熱性能を示す Q 値、U A 値とその単位 No.176 幻の橋タウシュベツ川橋梁 No.177 広瀬隆著「原発時限爆弾」を読んで! No.178 2018 年北海道胆振東部地震とその被害 No.179 地震にも津波にも強いブロック造の現状と将来 No.180  ISO の地震荷重と日本・EU・米国との比較 No.181  日本・ペルー地震防災センターの国際シンポジウムに参加して No.182  フィリピンは破れ・日本は芋?! No.183  ブレーメンの音楽隊とサッカー No.184 時間の単位は「秒,分,時,日,月,年」,その次は? No.185  サッカーボールの形と構造の変化 No.186  円周率を最初に計算したのは? No.187  JIS A 3306 となった ISO 3010「構造物への地震作用」 No.188  建物の整形・不整形を表す剛性率 No.189 水道水が美味しいのはどこ? No.190 設計用地震力の分布を表す Ai の導き方 No.191 美味しかった食べ物とギリシャ文字 No.192 構造物のロバスト性 No.193 ラーメンvsトラスと2つの鉄塔 No.194 久しぶりの海外でコロナ感染! No.195 長さの単位と建築のモデュール No.196 関東大震災100年「大地震とその後の対策」 No. 197 北海道の「挽歌」と「石狩挽歌」 No.198 トルコ共和国建国100年と地震被害 No. 199 耐震性を向上させる強度と靱性、どちらも重要であるが・・・ No. 200 最終回の御礼 各種ダウンロード リンク
一般社団法人 北海道建築技術協会
〒060-0042
札幌市中央区大通西5丁目11
大五ビル2階
アクセス
TEL (011)251-2794
FAX (011)251-2800
▲ ページのトップへ