2011年9月5日

No.137 最近の建物の耐震設計に対する懸念

ちょっと真面目チョット皮肉 138

石山祐二 *

東日本大震災の報道は、津波と原発に集中し、その他の被害については極端に少ない。しかし、建物被害は東北地方のみならず首都圏にも生じ、その中には私が以前から懸念している被害も見受けられる。このままでは「2010年前後に建てられた建物には耐震性に問題があるものが多い」といわれることにもなりかねないので、この点について説明したい。

建物が耐震的であるためには、強度と靭性の両者が必要である。この背景には、極く稀に起こる大地震動は非常に強烈で、建物は強度のみでは抵抗することはできず、靭性(構造的な粘り)によって何とか崩壊を防止し、人命のみは守るという耐震設計の基本的な考え方がある。この考え方を次式のように表すことがある。
耐震性=強度×靭性      (1)

しかし、上式による耐震性が同じでも大地震動を受けた際の建物の被害程度は、その強度によって大きく異なる。すなわち、耐震壁が多く強度が高い建物は(靭性が多少低くとも)変形が小さいので、ひび割れなどがあまり生じない。一方、柱と梁で構成されるラーメン構造のように靭性の高い建物は(一般的に強度が低いので)変形が大きく、(構造スリットが適切に設けられていない場合には)壁などにひび割れが発生し、(柱・梁にはひび割れが生じていなくとも)見た目の被害はかなり大きくなり、家具などの転倒も多くなるのである。

さて、最近の鉄筋コンクリート造のマンションはラーメン構造とし、耐震壁を用いないようにする傾向にある。この主な理由は、(i)耐震壁を用いると設計変更の作業が繁雑になり、(ii)耐震壁を用いないほうが構造計算が容易になるからである。

その結果、耐震壁の有効性は過去の地震被害で繰り返し証明されているのに、設計変更や構造計算の繰り返しを避けたいという安易な考え方で、構造的により健全な建物を設計することを怠っていることになる。しかも、耐震壁として有効に利用できる壁があるのに、その壁の周囲(通常は両端と下端)に構造的な隙間(スリット)を設け、あえて耐震壁としない場合が非常に多い。また、平面的に不整形な建物の場合には、平面的に分離し、個々の平面は整形となるようにるエキスパンションジョイントを設けている場合もある。この場合には、地震時にエキスパンションジョイント部に被害が集中し、構造的に一体としていたほうが建物全体の被害が小さかったはずという結果を招くことになる。このように、好ましいとは思われない構造設計が流行っている理由には、(構造設計者にも責任があろうが)耐震規定にも問題がある。すなわち、現行の規定では、耐震壁を用いると構造計算が面倒になり、設計変更も難しくなるのである。

既存の建物を耐震補強する際には、耐震壁を新設・増設することが通常行われているのに、新しい建物には耐震壁を避ける現在の傾向は何としても阻止したい。このため、以前この欄(※建振協発行「建築の研究」2008.10、2009.2)で説明したことをまとめて次のように提案する。

提案)通常の構造計算を行った建築物(必ずしもラーメン構造である必要はなく、既に壁があってもよい)に次のように壁を加える場合には、(耐震性が向 上するので)構造計算を再度行わなくてもよい(もちろん再計算をしてもよい)。

1)平面の中央の幅 1/3以内に壁を加える。
2)平面の端部(幅の 0.4倍以内に)に壁を加える場 合は、反対側の端部にも(幅の 0.4倍以内に)同じ(程度の)壁を加える。
3)立面的には壁を 1階から上階(途中階まででもよい)まで連続して配置する。

なお、壁は開口の有無にかかわらず、また必ずしも耐震壁である必要はないが、壁によって柱が短柱となりせん断破壊を引き起こすような(悪影響を与える)場合には、その壁にスリットを設ける。

この提案は安直過ぎると思われるかも知れないが、壁に構造スリットを設けるよりも、簡単に(場合によっては)安価に建物の耐震性を高めることができるので、この提案が早急に実現されるようにと願っている。


* いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(社団法人)建築研究振興協会発行「建築の研究」2011.8掲載

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