2013年12月30日

No.151 地震工学に用いる各種スペクトル(その 3)  :要求スペクトルと耐力スペクトル

ちょっと真面目チョット皮肉 152

石山祐二 *

(その 1 )で示したように地震動の加速度応答スペクトルはかなり複雑で、また将来の地震動を予測することは難しいため、設計にはスペクトルを平均し、理想化した図 1 のような設計用加速度応答スペクトルを用いることが多い。

cyot151_02
図 1  設計用加速度応答スペクトル

一方、(その 2 )で説明したように、最大応答が固有円振動数 ω の正弦波で表されるとすると、加速度応答 Sa と変位応答 Sd の間には次の関係がある。

cyot151_00     (2)

ここで、T は構造物の固有周期で T = 2π/ωである。

cyot151_03
図 2  要求スペクトル

上式より T を一定とすると, SaSd は比例関係にあるので,縦軸を Sa とし横軸を Sd  とした図 2 において,原点 O から始まる放射状の直線は,ある一定の T を示すので、図 1 のスペクトを変換すると図 2 となり,これを要求スペクトル(demand spectrum)という。

要求スペクトルは,通常の応答スペクトルに比べて特別な情報を有しているものではないが,構造物の荷重変位曲線は縦軸が荷重,横軸が変位なので,図 3 のように荷重変位曲線と要求スペクトルを重ね合わせて描くことができるという利点がある。なお、図 3 中の破線 a,b,c は,各層の荷重変位曲線を図 4 に示す等価 1 自由度系に縮約した,異なる 3 棟の建築物の荷重変位曲線を示しており,これを耐力スペクトル( capacity spectrum)という。

cyot151_04
図 3  荷重変位曲線と耐力・要求スペクトル
cyot151_05
図 4  n 自由度系の等価 1 自由度系への縮約

図 3 中の耐力スペクトル a は要求スペクトル A を直線的に横切ってから(×で示される)崩壊に至るので,耐力スペクトル a で表される建築物は,要求スペクトル A で表される地震動に対して弾性限以内の挙動をすることになる。耐力スペクトル b で表される建築物は,塑性領域に入るが要求スペクトル A で表される地震動に耐えることができる。耐力スペクトル c で表される建築物は,要求スペクトル A を横切ることがないので,この地震動に耐えることができない(ただし、塑性領域に入ることによって減衰が増加し、要求スペクトルが低減されるので、耐えることもあり得る)。要求スペクトル B で表される地震動に対しては,耐力スペクトル a, b で表される建築物は弾性限以内で耐えることができ,耐力スペクトル c で表される建築物は塑性領域に入るが耐えることができることになる。

以上のように,地震動の特性を表す要求スペクトルと建築物の特性表す耐力スペクトルを比較し耐震性を検証する手法を「耐力スペクトル法」(Capacity Spectrum Method)といい,日本の限界耐力計算にも取り入れられている。地震動と構造物の耐力を直接比較するこの手法は非常に興味深いが、この手法の妥当性については,地震被害調査を含む今後の調査研究が必要であろう。

(参考文献) Freeman, Sigmund A.,“The Capacity Spectrum Method as a Tool for Seismic Design”, Wissens-management – WM,1998


* いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(社団法人)建築研究振興協会発行「建築の研究」2013.12 掲載

連載「ちょっと真面目チョット皮肉」(北海道大学名誉教授 石山 祐二) No.134 花嫁人形と蕗谷虹児 No.135 清潔で安全なシンガポール No.136 広瀬隆著「東京に原発を!」を読み直して No.137 最近の建物の耐震設計に対する懸念 No.138 日本最北のヴォーリズ建築「ピアソン記念館」 No.128 「赤れんが庁舎」を美しく後世に残そう! No.139 建築と食卓の「bと d」 No.140  津波対策にも New Elm工法! No.142  津波に対する構造方法等を定めた国交省告示 No.141 建物の基礎と杭の接合は過剰設計! No.143 国際地震工学研修50 周年 No.144 ペルー国立工科大学・地震防災センター創立 25 周年 No.27 着氷現象と構造物への影響 No.145 リスボンは石畳の美しい街、しかし・・・ No.146 トンネル天井落下事故の原因 No.147 積雪による大スパン構造物崩壊の原因と対策 No.148 生誕100 年彫刻家佐藤忠良展 No.149 地震工学に用いる各種スペクトル (その1)  :応答スペクトル No.150 地震工学に用いる各種スペクトル(その 2) :  トリパータイト応答スペクトルと擬似応答スペクトル No.151 地震工学に用いる各種スペクトル(その 3)  :要求スペクトルと耐力スペクトル No.152 地震工学に用いる各種スペクトル(その 4): 要求スペクトルと耐力スペクトル No.153 中谷宇吉郎著「科学の方法」:氷の結晶のV字型変形 No.154 新渡戸稲造と武士道 No.155 これからのフラットスラブ構造 No.156 塩狩峠記念館 三浦綾子旧宅 No.157 ニッカウヰスキー余市蒸留所 No.158 三つの人魚像 No.159 ラオスと建築基準 No.160 北海道博物館2015 年4 月開館 No.161  30年振りのプリンス・エドワード島 No.162 道路標識と交通信号機 No.163 童謡「赤い靴」の女の子 No.164 地すべりと雪の上の足跡 No.165 建築物のダイヤフラム、コード、コレクターと構造健全性 No.166 地震による 1 階の崩壊と剛性率・形状係数  No.167  北海道新幹線と青函トンネル No.168 米国の建築基準と耐震規定の特徴 No.169 北海道三大秘湖の一つ「オンネトー湖」は五色湖 No.170 世界遺産シドニー・オペラハウス No.171 シドニー・オペラハウスの構造 No.172 北海道の名称と地名 No.173 鳩を飼わない「ハト小屋」 No.174 ロンドン高層住宅の火災の原因は改修工事!? No.175 断熱性能を示す Q 値、U A 値とその単位 No.176 幻の橋タウシュベツ川橋梁 No.177 広瀬隆著「原発時限爆弾」を読んで! No.178 2018 年北海道胆振東部地震とその被害 No.179 地震にも津波にも強いブロック造の現状と将来 No.180  ISO の地震荷重と日本・EU・米国との比較 No.181  日本・ペルー地震防災センターの国際シンポジウムに参加して No.182  フィリピンは破れ・日本は芋?! No.183  ブレーメンの音楽隊とサッカー No.184 時間の単位は「秒,分,時,日,月,年」,その次は? No.185  サッカーボールの形と構造の変化 No.186  円周率を最初に計算したのは? No.187  JIS A 3306 となった ISO 3010「構造物への地震作用」 No.188  建物の整形・不整形を表す剛性率 No.189 水道水が美味しいのはどこ? No.190 設計用地震力の分布を表す Ai の導き方 No.191 美味しかった食べ物とギリシャ文字 No.192 構造物のロバスト性 No.193 ラーメンvsトラスと2つの鉄塔 No.194 久しぶりの海外でコロナ感染! No.195 長さの単位と建築のモデュール No.196 関東大震災100年「大地震とその後の対策」 No. 197 北海道の「挽歌」と「石狩挽歌」 No.198 トルコ共和国建国100年と地震被害 No. 199 耐震性を向上させる強度と靱性、どちらも重要であるが・・・ No. 200 最終回の御礼 各種ダウンロード リンク
一般社団法人 北海道建築技術協会
〒060-0042
札幌市中央区大通西5丁目11
大五ビル2階
アクセス
TEL (011)251-2794
FAX (011)251-2800
▲ ページのトップへ