ちょっと真面目チョット皮肉 174
石山祐二*
2017年 6月 14日未明に英国ロンドン西部の高層ビル「グレンフェル・タワー」で火災が発生した。火災は瞬く間に広がり、建物全体が火炎に包まれ、鎮火までに 2日間を要し、死者は(推定) 79名となった。この様子は日本のテレビでも大きく報道されたので覚えている方も多いであろう。
この建物は地上 24階、 127戸の公営集合住宅( 4階までは事務所など)で 1974年に完成した。火元は 8階の住戸にあった冷蔵庫である。火災発生後、約 15分で建物全体が火炎に包まれた。この原因は比較的はっきりしていて、 2015~16年に大規模な修繕が行われ、それが災いしたのである。
大規模修繕の目的は快適性の向上で、暖房・給湯システムの更新とエネルギー効率を高めるための断熱改修などであった。建物の外側から取り付けられた厚さ 150mmの断熱材は(難燃性とはいえ)可燃性で、米国では高層建物への使用は禁止されていたが、英国の基準には違反していなかったようである。また、断熱材の取り付け方が適切ではなかったとの指摘がある。
一般に、火災が発生しないようにすることと同様に重要なのが、火災が発生しても容易に広がらないようにすることである。この建物の断熱材の外側は金属板の仕上げで覆われており、断熱材との間には結露防止のため 50mmの空隙(通気層)がある。全く燃えない断熱材を除き、断熱材に着火しても、火炎が広がらないようにするため通気層には(例えば各階ごとに)不燃材料の仕切り(ファイヤーストップ)を設ける必要がある。しかし、通気層は連続していたか、あるいはファイヤーストップに隙間があり、通気層が煙突のような働きをして、火炎は一気に広がったようである。結局、建物の外周の断熱材ほぼすべてが延焼した。また、建物内部には防火壁はなく、火災は内部でも広がり、建物の構造体を残してほぼ全焼してしまった(写真 1)
死者が多数になったことについては、避難対策に問題があったようである。住民には火災の際には避難するより部屋に留まるようにとの掲示があった。これは、高層建物は一般に火災が生じても広がり難く、また住民が一斉に階段で避難する際のパニックを防ぐためである。しかし、このような住民への指示が避難を遅らせた原因の 1つに違いない。さらに、 1箇所しかなかった階段は火や煙を防ぐような構造ではなかった。
現在の英国の建築基準では(このような建物には)階段を 2箇所以上設け、消火のためのスプリンクラーも設けるようになっているが、旧い建物には適用されていない。建物の基準を改正しても、既存の建物をどのようにするかは、大きな問題である。特に、賃貸住宅の場合、住民が自ら建物を改修することは難しいので、大規模改修を計画した際に快適性を優先し、火災安全性を考慮しなかった行政の責任は大きいであろう。
最後に、写真 2は被災建物を囲っている塀の貼り紙である。「多くの方が失われた場所です。写真を撮るときは、そのことを忘れないで欲しい。」という趣旨のことが書かれている。シャッターを押すのを躊躇したが、「このようなことが再び起こらないように」と伝えるためには、写真の使用も認められると思っている。
*いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(一社)建築研究振興協会発行「建築の研究」2018.1 原稿