ちょっと真面目チョット皮肉 153
石山祐二 *
2014 年 2 月には、日本各地で記録的な大雪によって大きな被害や事故が発生した。このような報道を聞いているうちに「雪は天から送られた手紙」という言葉を残した中谷宇吉郎と彼の著書「科学の方法」を思い出した。
この本は 50 年以上も前に書かれたが、科学の限界、科学で解ける問題・解けない問題などについて、非常に分かり易く書かれている。内容が旧くなった部分もああろうが、理系・文系を問わず誰にも(特に若者には)ぜひ読んで欲しいと思う一冊である。
その中に氷の硬さ(剛性)を測定する部分が、私にとっては特に興味深かった。すなわち、氷の結晶から梁(はり)のような直方体を切り出し、図 1 のように荷重 W をかけ、その変形を測定する実験である。荷重によって支点が下がることもあり、撓(たわ)みが小さい場合、正確な測定は難しい。
このため、図 1 のように梁の両側に鏡 M を取り付け、 2 枚の鏡 M に反射させて物差し S の目盛を望遠鏡 T の中心で読むのである。最初の目盛 A が、荷重をかけると目盛 B となったとすると、水平距離との関係から、撓みの精密な測定ができる。
しかし、実際の測定結果はまちまちで、特に氷の結晶の主軸が垂直になるように切り出した梁の場合には、ほとんど変形しなかった。この結果からは、氷がこの方向には非常に硬いということなるが、それまでの知見と比べてどうも腑に落ちなかった。
そこで、図 2 のように中央の撓みをマイクロメーター D で直接測ると、撓みが生じていることが分かり、荷重を更に大きくすると氷は V字状に変形していることが肉眼でも分かったのである。
結局、氷の結晶は薄い紙を重ねたような構造で、その紙がずれることによって V 字型に変形していたのである。(なお、加力点と支点の力が集中する図 2 の薄墨の 部分には、金属と同様に特殊な結晶の境ができる。)
図 2 から明らかなように、端部に取り付けた鏡 M は荷重をかけても傾かないので、図 1 の方法では撓みを測ることができない。図 1 の方法は、氷が湾曲(曲げ変形)するのならばよいが、 V 字型に変形(せん断変形)する場合には適さないのである。
構造力学では曲げ変形、せん断変形は重要な概念で、この用語を用いると「氷の結晶は、曲げ変形ではなく、せん断変形をする」と表される。自然の中にこのような現象があることに、最初に読んだ 40 年前も、時々読み直しても、そして今回も、ただ感心し驚いている次第である。(中谷は梁・撓み・曲げ変形・せん断変形などの用語を用いていないが、このように表現した方が分かり易いと考え、あえて用いた。)
中谷は 1900 年生石川県作見村字片山津(現在の加賀市片山津町)生まれ、東京帝国大学理学部卒業、北海道大学教授在職中の 1962 年に亡くなった。北海道大学で、彼が世界で初めて人工的に雪の結晶を作った低温科学研究所のあった場所(現在の同研究所は構内の北側に移されている)には、写真のように雪の結晶を模した六角形の記念碑が建っている。なお、加賀市には「中谷宇吉郎雪の科学館」があり、 2014 年は「世界結晶年」とのことで、特別な展示も催されている。
(参考文献)中谷宇吉郎「科学の方法」、岩波新書、昭和 33 年 6 月第 1 刷
* いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(社団法人)建築研究振興協会発行「建築の研究」2014.4 掲載