2017年8月16日

No.172 北海道の名称と地名

ちょっと真面目チョット皮肉 172

石山祐二*

都道府県の中で「道(どう)」は北海道のみである。道(どう)は(道(みち)を示す場合もあるが)古代中国の地方行政の基本区分で複数の国を含む広い地域を示す。日本では 7 世紀後半に都に近い 5 つの国(大和(やまと)、山城(やましろ)、摂津(せっつ)、河内(かわち)、和泉(いずみ))を畿内(きない)とし、それ以外を 7 つの道(どう)(東海(とうかい)、東山(とうさん)、北陸(ほくりく)、山陰(さんいん)、山陽(さんよう)、南海(なんかい)、西海(さいかい))に分けた。これが「五畿七道(ごきしちどう)」である。

江戸時代中期までは、日本の北の国境については明確ではなく、それを意識する必要もなかった。しかし、ロシアの進出によって意識せざるを得なくなり、1869(明治 2)年に蝦夷地(えぞち)が北海道と命名され、その開拓が本格的に始まった。名付け親は幕末の探検家の松浦武四郎で、彼が提案した 6 つの候補名の一つ「北加伊道(ほっかいどう)」がもとである。北海道の面積は日本全体の約 23% で、複数の国や県が一時的にあった(この点で「道(どう)」という名称は適切である)が、結局一つの行政区分となり、第二次世界大戦後は他の都府県と同様に一つの地方公共団体となった。

さて、北海道の多くの地名には「内」や「別」が含まれていて、これらはアイヌ語で「川や沢」を意味する「ナイ」や「ペツ・ベツ」を漢字で表したものである。例えば、最北の市「稚内(わっかない)」(図 ★1)は「冷たい水の沢」、温泉地「登別(のぼりべつ)」(図 ★2)は「色の濃い川」の意味である。アイヌ語の地名のほとんどは地形を表していて、特に川の特徴を示している地名が多い。

図 アイヌ語に由来する北海道の地名の例
( ★1 稚内、 ★2 登別、 ★3 札幌、 ★4 神居古潭、★5 納沙布岬、 ★6 野寒布岬、 ★7 平取、 ★8 知床岬)

「幌」も多く用いられていて「大きい」という意味で、札幌(図 ★3)は「サッポロベツ」に由来し「乾いた大きな川」の意味である。

アイヌ語を漢字で表すと漢字の意味を自然と想像してしまうが、ほとんどの場合は漢字の意味とは全く関係がない。「平(ひら)」を含む地名も多いが、「平らな」という意味ではなく「崖」を意味している。例えば、札幌市内の「豊平(とよひら)」は「崩れた崖」、「平岸(ひらぎし)」は「崖の端」の意味である。

「カムイ」は「神の」、「コタン」は「住むところ・集落」を意味するので、旭川市の「神居古潭(かむいこたん)」(図 ★4)は漢字からアイヌ語の意味を察することができる珍しい地名である。

同じような地形であれば同名となることも珍しくはない。根室半島(図 ★5)の「納沙布岬(のさっぷ)」と稚内半島(図 ★6)の「野寒布岬(のしゃっぷ)」は同じような発音で紛らわしいが、実は同一のアイヌ語で「岬の傍(かたわ)ら」を意味し、単に異なる漢字が当てはめられたものである。

東北地方にもアイヌ語に由来する地名が多くあり、北海道の地名と似ているものも多い。例えば、秋田空港近くの「平尾鳥(ひらおとり)」と日高の「平取(びらとり)」(図 ★7)はともに(川を示す「ナイ」は省略されてしまったが)「崖の間の川」を意味している。アイヌ語由来の地名から推察すると東北地方の大部分はアイヌ語圏であったことになる。

「シレトコ」は単に「岬」の意味であるが、「知床(しれとこ)」(図 ★8)は半島全体を示す地名となった。知床岬の付け根に「知床五湖(ごこ)」があり、ヒグマ出没の危険のため電気柵を設けた区域以外は、事前登録・ガイド同行でなければ五湖を巡ることはできない。これらの湖には「一湖(いっこ)」「二湖(にこ)」「三湖(さんこ)」「四湖(よんこ)」「五湖(ごこ)」と名前が付いている。最初に聞いた時は冗談と思い、アイヌ語の名前があるのではないか?もっとよい名前がなかったのか?などと今でも思っているが、皆さんはどう思うのであろう。

参考文献) 山田秀三著「アイヌ語地名を歩く」、北海道新聞社発行、1986.6


*いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(一社)建築研究振興協会発行「建築の研究」2017.7 原稿

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