2017年1月3日

No.168 米国の建築基準と耐震規定の特徴

ちょっと真面目チョット皮肉168

石山祐二*

米国の建築基準は IBC (国際建築基準)と呼ばれ、米国西部、東部・北東部、南部でそれぞれ用いられていた UBC(統一建築基準)、NBC(国家建築基準)、SBC(標準建築基準)を統一して作成された。IBC は 2000 年の初版以降 3 年ごとに改訂されいる。

IBC の耐震規定は基本事項のみで、詳細は米国土木技術者協会の ASCE 7「建築物およびその他の構造物に対する最低の設計用荷重」に書かれている。IBC と ASCE 7 からなる米国の耐震規定の特徴は以下の通りである。(なお、日本の建築基準法とは異なり IBC は米国全土に一律に適用されるのではなく、その採用や変更は各州や市に委ねられている。)

図 1  設計用加速度応答スペクトル
図 1  設計用加速度応答スペクトル

(1) 地盤加速度ではなく構造物の応答加速度を示す地図

設計用地震力は一般的に図 1 の設計用加速度応答スペクトル(日本のZRt C0 に相当)から計算される。世界的には、地震動による地盤面の最大加速度(図 1 の点 A)を与えている場合が多いが、構造物の応答加速度が地図上に示されている(これは日本で地震動の大きさではなくC0 を与えていることに類似している)。

(2) 2種類の地図上応答加速度

構造物に影響を及ぼす地震は、構造物の固有周期によって異なる。すなわち、低層建築物は小規模でも近くで起こる地震、高層・超高層建築物は遠くで起きても大規模の地震に影響される傾向がある。このため、応答スペクトルが一定の短周期部分を表す周期 0.2(s) の応答加速度SS(図 1 の点 B)と応答スペクトルが双曲線状に小さくなっていく部分を表す周期 1(s) の応答加速度 S1(図 1 の点 C)を表す 2 種類の地図がある(なお、SS は日本の大地震動時のZC0 に相当する)。

(3) 大地震動のみに対する設計

日本のように中地震動(稀(まれ)地震)と大地震動(極稀(ごくまれ)地震)という 2 種類の地震動ではなく、最大想定地震(再現期間 2500 年)に対して設計を行う(もっとも、実際の設計では地震力を 2/3 に低減している)。

(4) 設計用地震力の与え方

各階の地震力や地震層せん断力を直接求めるのではなく、ベースシヤ(1 階の層せん断力)を求め、それを各階に分配させる(日本ではAi 分布を用いて各階の層せん断力を求める)。

(5) 地震力の低減係数

最大考慮地震(再現期間 2500 年)を目標に設計を行うが、実際には(工学的判断によって)その値を 2/3 倍して設計に用いる(この場合の再現期間は 500 年程度と考えられる)。さらに、日本の構造特性係数Ds の逆数に相当する応答修正係数(Rファクター)は、最も粘りのあるラーメン構造ではR=8、すなわち設計の際には地震力を 1/8 に低減する。このため、米国内で地震活動の活発なカリフォルニア州でも設計用地震力は、日本の大地震動または安全限界の地震動(極稀地震)のほぼ 1/2 となる。

(6) 構造物の解析はすべて線形解析

日本では大地震動に対する検証には、プッシュオーバによる非線形(弾塑性)解析によって保有水平耐力を求めるが、米国では(非線形応答時刻歴解析法を除いて)線形(弾性)解析によって部材応力・変形などを求める。

以上の中で、日米最大の相違点と思われるのが (5) の RDs である。設計に際して、地震力に対する強度を考慮することに異論はないが、構造的な粘り(靭性)をどのように考慮するかは難しい問題である。強度のみで抵抗する構造に対して、粘り(靭性)の最も大きい構造の場合、米国では 1/8、日本では 1/4 に設計用地震力を低減している。このような相違点は、以前から指摘されているが、今でも耐震設計上の大きな課題である。

 


*いしやまゆうじ 北海道大学名誉教授
(一社)建築研究振興協会発行「建築の研究」2016.10 原稿

連載「ちょっと真面目チョット皮肉」(北海道大学名誉教授 石山 祐二) No.134 花嫁人形と蕗谷虹児 No.135 清潔で安全なシンガポール No.136 広瀬隆著「東京に原発を!」を読み直して No.137 最近の建物の耐震設計に対する懸念 No.138 日本最北のヴォーリズ建築「ピアソン記念館」 No.128 「赤れんが庁舎」を美しく後世に残そう! No.139 建築と食卓の「bと d」 No.140  津波対策にも New Elm工法! No.142  津波に対する構造方法等を定めた国交省告示 No.141 建物の基礎と杭の接合は過剰設計! No.143 国際地震工学研修50 周年 No.144 ペルー国立工科大学・地震防災センター創立 25 周年 No.27 着氷現象と構造物への影響 No.145 リスボンは石畳の美しい街、しかし・・・ No.146 トンネル天井落下事故の原因 No.147 積雪による大スパン構造物崩壊の原因と対策 No.148 生誕100 年彫刻家佐藤忠良展 No.149 地震工学に用いる各種スペクトル (その1)  :応答スペクトル No.150 地震工学に用いる各種スペクトル(その 2) :  トリパータイト応答スペクトルと擬似応答スペクトル No.151 地震工学に用いる各種スペクトル(その 3)  :要求スペクトルと耐力スペクトル No.152 地震工学に用いる各種スペクトル(その 4): 要求スペクトルと耐力スペクトル No.153 中谷宇吉郎著「科学の方法」:氷の結晶のV字型変形 No.154 新渡戸稲造と武士道 No.155 これからのフラットスラブ構造 No.156 塩狩峠記念館 三浦綾子旧宅 No.157 ニッカウヰスキー余市蒸留所 No.158 三つの人魚像 No.159 ラオスと建築基準 No.160 北海道博物館2015 年4 月開館 No.161  30年振りのプリンス・エドワード島 No.162 道路標識と交通信号機 No.163 童謡「赤い靴」の女の子 No.164 地すべりと雪の上の足跡 No.165 建築物のダイヤフラム、コード、コレクターと構造健全性 No.166 地震による 1 階の崩壊と剛性率・形状係数  No.167  北海道新幹線と青函トンネル No.168 米国の建築基準と耐震規定の特徴 No.169 北海道三大秘湖の一つ「オンネトー湖」は五色湖 No.170 世界遺産シドニー・オペラハウス No.171 シドニー・オペラハウスの構造 No.172 北海道の名称と地名 No.173 鳩を飼わない「ハト小屋」 No.174 ロンドン高層住宅の火災の原因は改修工事!? No.175 断熱性能を示す Q 値、U A 値とその単位 No.176 幻の橋タウシュベツ川橋梁 No.177 広瀬隆著「原発時限爆弾」を読んで! No.178 2018 年北海道胆振東部地震とその被害 No.179 地震にも津波にも強いブロック造の現状と将来 No.180  ISO の地震荷重と日本・EU・米国との比較 No.181  日本・ペルー地震防災センターの国際シンポジウムに参加して No.182  フィリピンは破れ・日本は芋?! No.183  ブレーメンの音楽隊とサッカー No.184 時間の単位は「秒,分,時,日,月,年」,その次は? No.185  サッカーボールの形と構造の変化 No.186  円周率を最初に計算したのは? No.187  JIS A 3306 となった ISO 3010「構造物への地震作用」 No.188  建物の整形・不整形を表す剛性率 No.189 水道水が美味しいのはどこ? No.190 設計用地震力の分布を表す Ai の導き方 No.191 美味しかった食べ物とギリシャ文字 No.192 構造物のロバスト性 No.193 ラーメンvsトラスと2つの鉄塔 No.194 久しぶりの海外でコロナ感染! No.195 長さの単位と建築のモデュール No.196 関東大震災100年「大地震とその後の対策」 No. 197 北海道の「挽歌」と「石狩挽歌」 No.198 トルコ共和国建国100年と地震被害 各種ダウンロード リンク
一般社団法人 北海道建築技術協会
〒060-0042
札幌市中央区大通西5丁目11
大五ビル2階
アクセス
TEL (011)251-2794
FAX (011)251-2800
▲ ページのトップへ